手塚治虫のロックとは|間久部緑郎を演じて悪役になった少年探偵

手塚治虫のロックは役を演じる「俳優」の1人

ロックは、手塚治虫が作品ごとに別の役を演じさせたキャラクターの1人です。端整な顔立ちの美少年で、手塚治虫公式サイトの出演作品一覧には63件の出演が載っています(2026年10月27日時点)。

最初は正義の側でした。1949年の『少年探偵ロック・ホーム』では、名前のとおり探偵の役です。

悪役の印象が強くなったのは、1966年の『バンパイヤ』からです。ここでロックは、狼に変身する少年たちの秘密を利用して世界の破滅をたくらむ悪人・間久部緑郎(まくべろくろう)を演じました。公式サイトの『少年探偵ロック・ホーム』の解説は、この「執念深い悪役の演技が当たってしまい」、いまでは探偵より犯罪者のイメージで見られている、という書き方をしています。

『MW』の主人公・結城美知夫をロックだと思っている人もいますが、公式サイトは『MW』をロックの出演作に入れていません。公式の説明では、『MW』は間久部緑郎で描き切れなかった悪人を、青年誌で描き直した作品です。

ロックの出発点は少年探偵

ロックの初登場は、1949年に「冒険紙芝居」という媒体で連載された『少年探偵ロック・ホーム』です。半ズボンに縞のネクタイの少年探偵が、プラトン博士と娘のロミーと一緒に悪漢に立ち向かいます。

ロック・ホームという名前は、シャーロック・ホームズから来ています。公式サイトはキャラクターのページでも作品のページでも、そう説明しています。同じくホームズから名前を取った手塚キャラに、『三つ目がとおる』の写楽保介がいます。名前の取り方は三つ目がとおるの和登さんと写楽の関係で書きました。

1952年から1954年には『少年クラブ』で『ロック冒険記』の主役を務めます。公式サイトによると、この連載は話も人間関係も複雑すぎて難しいと受け取られ、中途半端な形で終わりました。単行本にするとき手塚は大きく描き直していて、連載では生き残ったロックを、単行本では死なせています。

この時期のロックは、まだ正義の側の少年役でした。

悪役になった転機は『バンパイヤ』

『バンパイヤ』は、1966年から1967年まで『週刊少年サンデー』に連載された漫画です。怒ると狼に変身してしまう少年トッペイと、その秘密に気づいた間久部緑郎、通称ロックの話です。

間久部緑郎は何をしたか

公式サイトの人物紹介では、ロックは変身する者たち(バンパイヤ)の存在を知り、彼らを使って世界の破滅をたくらむ人物です。整った顔を生かした変装が得意で、ずる賢いやり方で何人も人を殺しています。トッペイたちがバンパイヤの革命を起こそうとしていても、ロックはそれさえ自分の悪だくみに利用しようとします。

主人公はトッペイですが、公式サイトの解説は「キャラクターとして強烈な印象を残すのはやはり、ロックこと間久部緑郎のほう」と書いています。

第1部の終わりで、ロックは生死の分からない形で姿を消します。1968年から1969年に『少年ブック』で連載された第2部は、死んだと思われていたロックが生きていたところから始まり、未完のまま終わりました。

手塚は『マクベス』を下敷きにした

手塚は『バンパイヤ』について、シェイクスピアの『マクベス』のパロディだと書いています。公式サイトが引いている手塚の文章では、『マクベス』と『リチャード三世』だけは大嫌いだと言い、それでも使う気になったのは「「悪とはなにか」という、愚にもつかないテーマの物語の、骨組みにしたかったからだ」と続けています。話は、間久部緑郎が横浜の親不孝通りで3人の星占いの老婆に世界征服を予言されるところから始まります。

マクベスも、3人の魔女に王になると予言されて殺人を重ねる男です。間久部(まくべ)という姓も、マクベスから取られています。

公式サイトは、この作品を『鉄腕アトム』や『0マン』のようなまっすぐな少年が主人公の路線からの「逸脱」と呼んでいます。『MW』のページでも、間久部緑郎という凶悪な少年を主人公として描いた作品として『バンパイヤ』を挙げています。

なぜロックが悪役に選ばれたのか

ロックを悪役に起用した理由について、手塚本人の説明は公式サイトに載っていません。公式サイトのキャラクター解説は、ロックの側から書いています。ロックは子役のころから「正義が勝利すれば明るい未来がやってくる」というイメージを信じていなかった、というのです。端整な顔の下に悪魔の顔を隠す悪役像を、ロックは自分で作り上げていった、と続きます。

これはキャラクターを役者に見立てた公式サイトの書き方です。それでも、ケン一(『鉄腕アトム』などで少年役を務めた手塚キャラ)やアトムがいつも同じ役柄に縛られていたのと比べて、ロックは役の幅を広げていった、という説明は出演作を見るとよく当てはまります。整った顔で善人も悪人も演じられる役者が、悪役で当たったということです。

手塚がこの時期に悪役の魅力を描こうとしたことには、劇画の流行も関わっています。公式サイトのコラムは、劇画に対抗するには「魅力ある悪」が要ると手塚が考え、そこから『バンパイヤ』などを描いた、と書いています。その経緯は手塚治虫が嫉妬した漫画家の劇画の節で書いています。

ロックが出てくる主な作品と役

公式サイトの出演作品一覧から、役名が分かる主なものを抜き出しました。役名は一覧と各作品ページの表記によります(『ロック冒険記』は一覧に役名がなく、作品ページで主役とされているものです)。

年作品役立場
1949年少年探偵ロック・ホームロック・ホーム(少年探偵)善玉
1951年来るべき世界新聞記者善玉
1952年ロック冒険記ロック(主役)善玉
1959年ベニスの商人バッサニオ善玉
1960年キャプテンKen星野マモル善玉
1966年バンパイヤ間久部緑郎悪役
1970年アラバスターFBI捜査官悪役
1973年ブラック・ジャック「医者はどこだ」不良アクド悪役
1975年ブラック・ジャック「ブラック・クイーン」クイーンの恋人善玉
1976年ウオビットロックベルト男爵(人狼ハンター)善玉
1978年ブラック・ジャック「終電車」このみの夫善玉
1978年ブラック・ジャック「刻印」間久部悪役
1985年ブッキラによろしく!間久部緑郎(三流雑誌の記者)善玉

立場は、作中での役回りをおおまかに分けたものです。『アラバスター』では、公式サイトが「冷酷なナルシストのFBI捜査官」と書くとおり、『バンパイヤ』に続いて徹底した悪を演じています。

並べると、1966年より前はほとんど善玉で、そのあとに悪役が入ってきたことが分かります。ただ、悪役一色にはなっていません。1970年代も『ブラック・ジャック』で恋人役や夫役を演じ、『ウオビット』では人狼を狩る男爵として戦って命を落とします。悪役の印象が強いのは、『バンパイヤ』と『アラバスター』の悪が強烈だったからです。

公式の出演一覧でいちばん新しいのは、1985年の『ブッキラによろしく!』です。ここでは間久部緑郎という名前のまま、三流雑誌の記者で通称ロックという役です。悪役で付いた名前を、手塚は晩年まで持ち歩いていたことになります。

『ブラック・ジャック』の間久部

『ブラック・ジャック』の「刻印」では、ロックは間久部という名前で、ブラック・ジャックの旧友として出てきます。いまは暗黒街の大物になっていて、指紋を変える手術を頼みに来ます。この回のもとになった「指」という回もあり、2つの回の違いと「指」の扱いはブラック・ジャックの封印回で比べています。

『MW』の結城美知夫はロックではない

ロックについて調べると、『MW』の結城美知夫と並べて語られることがよくあります。どちらも美しい顔で人を殺す悪人なので、混同されやすいのだと思います。

公式サイトの出演作品一覧に『MW』は入っていません。公式サイトの『MW』のページも、結城をロックとは書いていません。

関係があるのは作品のねらいのほうです。『MW』のページは、『バンパイヤ』で間久部緑郎を描いたものの、少年誌では表現に限界があったと書いています。そこで青年誌で「もう一度、徹底した悪人を主人公としたピカレスクコミック」を追求したのが『MW』だ、という説明です。

結城美知夫は、間久部緑郎で描き切れなかった悪人を、ロックを使わずに描き直した人物です。『バンパイヤ』を読んでから『MW』を読むと、少年誌で手塚がどこまで踏みとどまっていたかがよく分かります。『MW』の読後感の重さは手塚治虫の怖い作品はどれかでも触れています。

『三つ目がとおる』や『ネオ・ファウスト』にロックが出ているという書き込みも見かけますが、これも公式の出演一覧には載っていません。

映像の中のロック

ロックは、漫画の外でも役を演じています。公式サイトや発表資料で確かめられる主なものは次のとおりです。

年作品役演じた人
1967年テレビアニメ『リボンの騎士』フランツ王子公式サイトに記載なし
1968年実写ドラマ『バンパイヤ』ロック佐藤博
2001年劇場アニメ『メトロポリス』ロック岡田浩暉
2026年『THE RIBBON HERO リボンヒーロー』ロック細谷佳正

1968年の実写ドラマ『バンパイヤ』は、フジテレビ系で放送されたモノクロの全26話です。トッペイを水谷豊が演じ、手塚治虫本人も手塚治虫の役で出ています。ロック役の佐藤博は、公式サイトで主題歌として並ぶ3曲のうち「ロックのバラード」も歌いました。

1967年のテレビアニメ『リボンの騎士』では、サファイアの相手役のフランツ王子をロックが演じています。公式サイトは原作の解説で、アニメ版を「フランツの役をロックが演じる」作品と説明しています。原作との違いはリボンの騎士のアニメで書きました。

2026年8月8日からNetflixで配信されている『リボンヒーロー』にも、ロックという名前の人物が出てきます。役どころはサファイアが入る班のリーダーです。演じる細谷佳正は発表資料のコメントで、見た目は中性的でおしゃれでも、内面は昔ながらの大工の親分のようで、仲間のためなら不利な立場でも啖呵を切る人物だと話しています。こちらは悪役ではありません。原作との違いはリボンヒーローが別物に見える理由にまとめています。

ロックを読むなら『バンパイヤ』から

ロックがどういうキャラクターかを知るには、まず『バンパイヤ』を読むのがいちばんです。悪役のロックの原型がそろっていて、手塚がのちに『MW』で描き直す悪人像の出発点にあたります。

講談社の手塚治虫文庫全集なら全2巻です。2巻目に第2部まで入っているので、2冊で第1部と未完の第2部の両方が読めます。定価は1巻が880円、2巻が1,023円で、どちらも電子版があります(2026年10月27日確認)。

ほかの版との違いや、全集の選び方は手塚治虫文庫全集と漫画全集の違いで比べています。『バンパイヤ』を手塚作品のおすすめの中でどう見ているかは、手塚治虫のおすすめ漫画の14位に書きました。

善玉時代のロックが見たい人は『ロック冒険記』、悪役のロックを短く知りたい人は『ブラック・ジャック』の「刻印」が向いています。同じ顔の役者が善人と悪人を演じ分けているのが、読み比べるとはっきり分かります。

参考