結論:免許は剥奪されたのではなく、本人が取らない
ブラック・ジャックが無免許なのは、免許を剥奪されたからではありません。医師の団体に入って規定の治療費しか受け取れなくなるのを、本人が拒んでいるからです。原作には医師免許を与えられそうになる場面が2回あり、1回は差し出された免許を受け取らず、もう1回は交付を待たずに立ち去ります。
顔の傷と肌の色は、8歳のときの不発弾の事故と、その手術で友人の皮膚を移植した名残です。髪の半分が白いのも同じ事故が原因ですが、こちらは手塚治虫が「最初はただの光のツヤだった」と認めた後付けの設定です。
高額請求は、払える相手に払わせるための金額です。30円や100円で済ませた話がいくつもあり、払えない相手から取り立てた話は見当たりません。
無免許の理由は「報復」で描かれる
無免許の理由をいちばんはっきり描いた話が「報復」です(新装版6巻、秋田文庫6巻)。
ブラック・ジャックは日本医師連盟に呼び出され、「いますぐ医師免許を取り、医師法に基づく報酬だけを受け取れ」と命じられます。これを拒んだために医師法違反で逮捕され、その間に依頼を受けていたイタリアの富豪の患者を診られなくなります。富豪は腹いせに連盟会長の身内を撃ち、会長は助けてもらうために免許を差し出しますが、ブラック・ジャックは受け取りません。
この話でブラック・ジャックが口にするのは、ルールが嫌いで、枠にはめられた医者になりたくない、という理由です。拒んでいるのは免許と一緒についてくる「決められた治療費」と「団体の指図」のほうです。
もう1つが「ピノコ還る!」です(新装版3巻、秋田文庫10巻)。こちらは国際的な医師連盟が特例で免許を交付すると連絡してきます。ところが同じ日にピノコが姿を消し、ブラック・ジャックは捜索を優先して交付の話を放り出します。免許より目の前の一人を選ぶ、という順番がここでも同じです。
「けいれん」(新装版5巻、秋田文庫11巻)には、少し違う角度の描写があります。気胸の手術のときだけ手が震えるという心因性の症状で、秋田書店の紹介文はこれを「正式の医師免許を取れない理由」と書いています。ただ、「報復」では本人が理由を口にしているのに対し、「けいれん」のほうは紹介文がそう説明しているだけです。主な理由としては「報復」の描写を取るのが妥当です。
検索すると「なぜ剥奪されたのか」という質問をよく見かけますが、原作に剥奪の場面はありません。地方大学の医学部を出たことは作中で語られるものの、免許を失った経緯は描かれていません。受け取らなかったのは会長が差し出した免許で、自分の免許ではありませんでした。
設定が後付けになった経緯
理由が1つに絞れないのは、連載の事情によるものです。
手塚治虫公式サイトの作品ページによると、『ブラック・ジャック』は当初5回で終わる短期連載の予定でした。同じページが講談社の手塚治虫漫画全集『ブラック・ジャック』第18巻のあとがきを抜粋しており、そこで手塚治虫は、5回で身の上や性格を描き尽くせるはずがないと述べています。顔の色が違う点、髪が白黒である点、大金を取るのになぜあんなオンボロ小屋に住んでいるのか、といった点は、これっぱかりも理由を考えなかったそうです。
読者としては、後の話ほど設定が細かくなっていくのを追う楽しみがあります。同時に、話ごとに説明が食い違う箇所があっても、それは矛盾というより連載の途中で足された設定だと分かります。
顔の傷と肌の色の理由
顔の傷と、右頬だけ色が違うつぎはぎの肌は、どちらも幼少期の事故の名残です。
きっかけは「不発弾」です(新装版8巻、秋田文庫7巻)。ブラック・ジャックは子どものころ、母親と一緒に不発弾の爆発に巻き込まれて瀕死の重傷を負いました。母親は両手足を失う重傷で、父親はそのころ愛人と家を出ています。事故当時8歳だったことは、作中で何度か語られます。
命を救ったのが外科医の本間丈太郎で、初登場は「ときには真珠のように」です(新装版2巻、秋田文庫1巻)。本間はブラック・ジャックの命の恩人ですが、直接の師弟ではありません。ブラック・ジャックが医者を目指した理由はこの人にあります。
肌の色の理由は「友よいずこ」で語られます(新装版7巻、秋田文庫2巻)。顔に貼る皮膚が足りず、本間が見舞いに来た友人たちに提供を頼んだところ、名乗り出たのは混血の少年タカシひとりでした。成長したブラック・ジャックは、別の皮膚に替えれば目立たなくなると言われても断ります。タカシへの感謝と友情を捨てたくないからです。
あの顔は、直さないと決めた顔です。
白髪の理由
髪の右半分が白いのは、不発弾の事故の恐怖によるものです。作中の根拠は同じく「不発弾」で、Wikipediaやマグミクスの解説もこの話を挙げています。
ただし、この設定だけは手塚治虫が後付けだと明言しています。リアルサウンドが引用した本人の言葉では、黒に白がまざる髪は最初はただの光のツヤだった、とのことです。連載初期の絵を見ると、確かに白髪というより光沢のように塗られています。読者が「あれは白髪だ」と受け取ったのを、手塚治虫のほうが後から設定に取り込んだ格好です。
高額請求の理由
ブラック・ジャックは手術代として数千万円から数億円を請求します。作中最高額は「こっぱみじん」の150億円で、独裁国の大統領夫人からの依頼でした(新装版5巻、秋田文庫11巻)。
「報復」の描写を重ねると、無免許と高額請求は表裏です。連盟に入れば規定の治療費しか請求できなくなるので、免許を取らない限り高額請求は続けられます。
一方で、金を取らなかった話も多くあります。
| 話 | 受け取った額 | 事情 |
|---|---|---|
| がめつい同士 | 30円 | 心中を図った一家を救い、金をもらうほどの仕事ではないと言った |
| ハローCQ | 100円 | 少年の家族に出した4000万円の請求を撤回した |
| すりかえ | 100円 | 3年前の手術代として、時間が経っているからと |
| 悲鳴 | 1000円 | 付き添いの生徒が恩師の孫だった |
| ある老婆の思い出 | 請求の場面がない | 路上で倒れた妊婦と胎児を救った |
金額はマグミクスとふたまん+の記事で確かめました。この並びを見ると、高額請求は「払える相手に払わせる」ための金額だと分かります。払えない相手から取り立てた話は見当たりません。
集めた金の使い道は「宝島」でほのめかされます(新装版6巻、秋田文庫15巻)。ブラック・ジャックの金の行方を追った犯罪者たちがたどり着くのは、五条レイという女性の住む島です。琉球新報によると、「宝島」「青い恐怖」「オペの順番」は沖縄の島を舞台にした話で、ブラック・ジャックが自然を守るために島を買っているという設定はここで出てきます。
アニメとドラマでの扱い
2004年のテレビアニメは、バンダイチャンネルの作品紹介に「なぜ無免許医なのか、その理由は定かではない」とあるとおり、理由をあえて描いていません。続編の『ブラック・ジャック21』は第1話「医師免許が返る日」で免許をめぐる話を置いています。
「上に逆らって免許を剥奪された」という説がネット上にありますが、これは2004年のアニメが独自に足した描写です。Wikipediaによると、大学病院の勤務医だったころに移植手術をめぐって上層部と対立し、免許を剥奪されたというアニメだけの筋があります。原作にはありません。
2024年のテレビ朝日のドラマは第1話「医者はどこだ!」を軸に組み立てられ、無免許の理由は語られません。免許の話を知りたければ、原作の「報復」を読むのがいちばん早いです。
この記事で挙げた話の収録巻
『ブラック・ジャック』は単行本が8種類あり、版によって収録される話と順番が違います。ここで挙げた話は、いま新刊で買える秋田書店の新装版と秋田文庫ではこの巻に入っています。
| 話 | 何が分かるか | 新装版 | 秋田文庫 |
|---|---|---|---|
| ときには真珠のように | 本間丈太郎との関係 | 2巻 | 1巻 |
| ピノコ還る! | 免許の交付より捜索を選ぶ | 3巻 | 10巻 |
| けいれん | 手が震える症状 | 5巻 | 11巻 |
| こっぱみじん | 作中最高額の150億円 | 5巻 | 11巻 |
| 報復 | 免許を受け取らない場面 | 6巻 | 6巻 |
| 宝島 | 金の使い道 | 6巻 | 15巻 |
| 友よいずこ | 肌の色の理由 | 7巻 | 2巻 |
| 不発弾 | 事故の経緯と白髪 | 8巻 | 7巻 |
| ある老婆の思い出 | 無償で救う場面 | 14巻 | 3巻 |
新装版は掲載順に近い並びで全17巻、秋田文庫は全17巻に別冊が1冊付きます。どの版でも全話は読めないので、『ブラック・ジャック』8種類の版の違いで自分に合う版を確かめてください。

