結論:手塚治虫がなぜすごいのか
手塚治虫がなぜすごいのかを一言でいうと、戦争で途切れた長編漫画と、毎週のテレビアニメを戦後に定着させたからです。
すごいと言われる理由を「漫画の技法をすべて発明したから」と説明するのは誤りです。映画のようなコマ運びも、SFも、戦前の子ども向け漫画にすでにありました。
それでも手塚治虫の功績は大きく、具体的には次の3つです。
- 戦争で途切れた長編のストーリー漫画を、戦後の子ども向け漫画の標準にした
- 30分のテレビアニメを、毎週放送できる作り方で成立させた
- 少年向け・少女向け・大人向けを、40年以上にわたって大量に描き続けた
裏を返すと、1作ずつがどれも傑作だからすごい、というわけではありません。いま読むと古さが目立つ作品もありますし、人気が落ちた時期もありました。「漫画の神様」という呼び名だけで納得できなかった人は、この3つを知ると評価の中身が分かります。
よく聞く通説を、本当かどうかで分けると次のとおりです。
| 通説 | 判定 | 実際 |
|---|---|---|
| 映画的なコマ割りは手塚の発明 | 誤り | 戦前の漫画にも例がある。手塚が新しかったのは物語の厚みと人物の内面 |
| 『新宝島』が戦後漫画を変えた | 一部本当 | 大ヒットして、のちの漫画家に影響した。ただし共作で、手塚の原稿は削られている |
| 『鉄腕アトム』は日本初のテレビアニメ | 誤り | 国産初の「30分の連続テレビアニメ」。30分でない、または連続でないテレビアニメはそれ以前にもあった |
| アニメ業界の低賃金は手塚のせい | 一部本当 | 安い制作費の前例を作ったのは事実。ただし業界の構造まで手塚ひとりに帰すのは言い過ぎ |
| 作品は約700タイトル・約15万枚 | 本当 | 手塚プロダクションが公表している数字 |
功績1:ストーリー漫画を戦後の標準にした
『新宝島』は何が新しかったのか
手塚治虫が全国に知られるきっかけになったのは、1947年に大阪の育英出版から出た『新寶島(新宝島)』です。公式サイトでは40万部とも言われる大ベストセラーと紹介されていて、赤本と呼ばれた安い描き下ろし単行本の中で、飛び抜けたヒットになりました。
ただ、この本は手塚ひとりの作品ではありません。原作・構成は酒井七馬(さかい・しちま)です。公式サイトに収められた手塚自身の文章によると、250ページの下描きは出版社の都合で190ページに削られ、台詞や顔も相談なく描き直されたそうです。手塚はこれで筋に無理が出たと書いていて、のちに講談社の全集では、記憶をもとに元の形に近づけたリメイク版を描き下ろしました。
それでも、戦後の何もない時期に、映画を見ているような長い冒険漫画が安い本で子どもたちに届いたこと自体が大きな出来事でした。
「映画的手法は手塚の発明」は言い過ぎ
漫画研究者の宮本大人は、手塚の新しさとされてきたものの多くが、1930年代の子ども漫画にすでにあったと指摘しています。映画のようなコマの運びも、SFの題材も、戦前の作品に例があります。
宮本によれば、傷ついて死ぬかもしれない体の描き方でさえ、『のらくろ』にすでに現れていました。そのうえで宮本が手塚の新しさとして挙げるのは、筋が何本も重なる長い物語、登場人物の性的な欲望を意識させる体の描き方、そして心の動きの掘り下げです。
つまり、手塚治虫は技法を一から作った人ではありません。戦争で途切れていた長編漫画を受け継ぎ、そこに物語の厚みを足して、子ども漫画の当たり前にした人です。
少女漫画にも長い物語を持ち込んだ
1953年から『少女クラブ』に連載した『リボンの騎士』を、公式サイトは「日本のストーリー少女漫画の第一号」と紹介しています。男の子として育てられた王女サファイヤが主人公の冒険もので、それまでの少女向け漫画とは違う、長い筋を持った話でした。
少年漫画で作った形を、少女漫画にもそのまま持ち込んだわけです。のちにリメイクされたアニメとの違いは、リボンヒーローと原作リボンの騎士の違いで比べています。
功績2:毎週30分のテレビアニメを成立させた
『鉄腕アトム』は「国産初の30分連続テレビアニメ」
アニメ『鉄腕アトム』は、1963年1月1日にフジテレビで放送が始まりました。公式サイトも「我が国初の長編TVアニメーションシリーズ」としています。
「日本初のテレビアニメ」と言われることもありますが、それは正確ではありません。アニメ雑誌の編集者・小黒祐一郎の連載によると、アトム以前にも、1960年にNHKで放送された単発の『三つのはなし』や、1961年から放送された3分の『インスタント・ヒストリー』がありました。アトムが初めてだったのは、30分の枠で毎週続けて放送したことです。
絵の枚数を10分の1にした作り方
毎週30分を作るには、それまでの劇場アニメと同じ作り方では間に合いません。杉並区の地域史サイト「杉並学」によると、30分のアニメには本来1万5000〜2万枚の絵が必要なところを、虫プロダクションは1500〜2000枚に減らしました。
小黒祐一郎の連載によると、使ったのは、1枚の絵を3コマ分撮る「3コマ撮り」、口だけを動かす「口パク」、一度使った絵を別の回でも使い回す「バンク」といった方法です。動きの滑らかさを削った代わりに、毎週の放送に間に合わせました。3コマ撮りやバンクは、いまのテレビアニメでも使われている手法です。
低賃金の元凶説はどこまで本当か
手塚治虫が1話55万円という安い制作費で引き受けたことが、アニメ業界の低賃金の始まりだと言われることがあります。
作家の中川右介は、手塚が55万円と口にしたのは事実でも、実際には1話155万円が入っていたと指摘しています。そのうえで、低賃金が続いた原因はテレビ局と広告代理店の取り分にある、という見方を示しました。
安い制作費の前例を作ったことは否定できませんが、60年後の業界の構造まで手塚ひとりの責任にするのは言い過ぎです。判定は「一部本当」になります。
功績3:量と幅を40年保った
手塚プロダクションによると、手塚治虫の作品は約700タイトル、原稿は約15万枚です。デビューの1946年から亡くなる1989年まで、43年でこの量です。
量よりもすごいのは幅のほうです。
| 読者 | 代表作 |
|---|---|
| 少年向け | 『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『どろろ』『ブラック・ジャック』『ブッダ』 |
| 少女向け | 『リボンの騎士』『ユニコ』 |
| 青年・大人向け | 『奇子』『MW』『陽だまりの樹』『アドルフに告ぐ』 |
『火の鳥』は少年誌から少女誌、大人向けの小説誌まで、載る雑誌を変えながら描き継がれました。
子ども向けのかわいい絵柄のまま、性や差別や戦争を正面から描いた大人向けの作品も残しました。暗い作品がどれだけあるかは、手塚治虫の怖い作品で順位をつけています。
これだけの数があると、出来にもばらつきがあります。いま読んで古いと感じる作品、話が途中で放り出されている作品も少なくありません。手塚のすごさは、少女漫画、大人向けの劇画風の作品、医療ものと新しい分野に次々と手を出し、そのうちのいくつかが今も読まれる傑作になったことにあります。
人気が落ちた時期もあった
手塚治虫は、ずっと第一線にいたわけではありません。
公式サイトのコラムで黒沢哲哉は、1965年ごろ、手塚が自分の漫画は飽きられ始めているという危機感を抱いていたと書いています。同じころ、さいとう・たかをらのリアルな絵の「劇画」が、少年誌にまで広がっていました。
アニメのほうも苦しくなります。手塚が作った虫プロダクションは、1973年11月に倒産しました。帝国データバンクの記録では、負債は約3億5000万円です。
『ブラック・ジャック』の連載が『週刊少年チャンピオン』で始まったのは、その同じ月です。公式サイトによると、当初は5回で終わる予定でした。この作品が5年間で230話の人気連載になり、その後も1983年まで読み切りで描かれます。手塚はこれでもう一度第一線に戻りました。主人公がなぜ無免許なのかといった設定の話は、ブラック・ジャックはなぜ無免許なのかにまとめています。
一度落ち目になってから、40代半ばで代表作を出し直した。この復活も、手塚が長く評価され続ける理由のひとつです。
トキワ荘と後の漫画家
手塚は1953年から東京・豊島区のアパート「トキワ荘」に住み、出ていくときに自分の部屋を藤子不二雄の2人に引き継ぎました。そのあと手塚を目標にした石ノ森章太郎や赤塚不二夫らが同じアパートに集まり、トキワ荘からは人気漫画家が次々に出ました。
少女漫画家の萩尾望都も、手塚の『新選組』を読んで漫画家になろうと決めた1人です。公式サイトのインタビューでは、手塚のコマ運びを、フィルムを回すように目線が流れていくと話しています。宮本大人の指摘とは別に、描き手の側から見れば、手塚のコマ運びはそれだけ新しく見えたわけです。
「漫画の神様」という呼び名
「漫画の神様」という呼び名がいつ、誰から始まったのかは、はっきりしていません。最初に使った人を示す一次資料は確認できませんでした。
はっきりしているのは、この呼び名が手塚の仕事の中身を説明していないことです。何がすごいのかを知りたいなら、呼び名より上の3つの功績を見てください。
すごさが分かる作品
すごさの中身が分かる作品を選ぶなら、次の3作です。
- 『火の鳥』鳳凰編:1冊で完結し、長い年月の中で人物が変わっていく話の作りがよく分かる
- 『アドルフに告ぐ』:子ども向けと同じ絵柄で、戦争と差別を大人向けに描き切っている
- 『ブラック・ジャック』:1話完結の短い話で、人気が落ちたあとの手塚がどう巻き返したかが分かる
手塚作品は同じ作品でも版がいくつもあります。どの全集で読むかは、手塚治虫文庫全集と漫画全集の違いで比べています。

