結論:火の鳥でいちばんトラウマになるのは宇宙編
手塚治虫の漫画『火の鳥』で、読んだあといちばん重く残り、トラウマになりやすいのは宇宙編です。主人公の一人・牧村は、年を取っては赤ん坊に戻り、また大人になることを永遠に繰り返す罰を受けています。罰には終わりがなく、物語の最後まで救われる人物が残りません。
「やばい」と言われることの多い望郷編は、2位にしました。母親が息子とのあいだに子を産むという、シリーズでいちばん強いタブーが出てくる編です。ただ、主人公のロミは最後まで自分の意思で生き抜くので、読み終えたあとに残るのは絶望よりも、一人の女性の生涯を見届けた重さのほうです。
順位は、手塚治虫の怖い作品と同じ基準で付けています。先に、読み終えたあと救われる人物がいるかを見て、次に場面の描き方の直接さを見ました。
| 順位 | 編 | 何がきついか |
|---|---|---|
| 1 | 宇宙編 | 牧村は死ねないまま生と死を繰り返す。猿田の罰は子孫にまで及ぶ |
| 2 | 望郷編 | 母親が息子とのあいだに子を産む |
| 3 | 未来編 | 人類が滅び、一人だけ30億年を生きる |
| 4 | 異形編 | 殺した相手が未来の自分。寺から出られなくなる |
| 5 | 生命編 | クローン人間を狩る番組を作った男が、狩られる側になる |
| 6 | 太陽編 | 生きたまま顔の皮をはがされ、狼の皮をかぶせられる |
| 7 | 復活編 | 生き返った青年には、人間が無機物に見える |
| 8 | 鳳凰編 | 片目と片腕を失った男が、残った右腕まで切り落とされる |
全12編のうち、残りの黎明編・ヤマト編・羽衣編・乱世編は順位に入れていません。それぞれの場面が入っている巻は、記事の最後に表でまとめました。
1位・宇宙編:罰に終わりがない
宇宙編は、1969年に雑誌『COM』で連載された4作目です。宇宙船の事故で、乗組員の4人が別々の救命ボートで漂流します。4つのボートの会話を横に4段並べたコマで同時に進める描き方が、この編の特徴です。
冬眠から目を覚ました隊員たちは、見張り役だった牧村がミイラになっているのを船内で見つけます。救命ボートで脱出すると、死んだはずの牧村のボートが後を追ってきます。そこから、牧村に何があったのかが少しずつ明かされます。牧村は過去の罪によって、公式サイトの言葉では「永遠に生と死を繰り返す罰」を受けた男です。年を取れば赤ん坊に戻り、また育ち直す。それが果てしなく続きます。
きついのは、この罰に出口がないことです。4位の異形編の左近介も時間の輪から出られませんが、人を治すという役目が残ります。牧村には役目もなく、ただ生と死を繰り返すだけです。
もう一人の乗組員・猿田の罰も重いものです。マンガ百科事典のマンガペディアなどによると、猿田は赤ん坊に戻った牧村を崖から投げ落とし、その罪で火の鳥に醜い顔にされます。その顔は本人だけでなく、子孫にまで受け継がれます。『火の鳥』のほかの編に鼻の大きな猿田という人物が何度も出てくるのは、この罰とつながっているからです。
宇宙編は、1987年に川尻善昭監督で48分のアニメ(OVA)になっています。ふたまん+(双葉社)の記事は、アニメのラストには原作とは違う種類の絶望感があったと書いています。
2位・望郷編:シリーズでいちばん強いタブー
望郷編は、1976年から1978年まで『マンガ少年』に連載された編です。もともとは『COM』で始まりましたが、2回で中断し、『マンガ少年』でまったく別の話として描き直されました。
地球を出たロミは、恋人とともに遠い星エデン17に移り住みます。恋人を事故で失ったあと、ロミは息子カインを産み、子孫を残すために自分から冬眠に入ります。公式サイトの読み物「虫ん坊」のコラムが引いているロミの台詞は「あの子と結婚するつもりなの」。20年後に目覚めたロミは、成長したカインと結ばれて6人の子を産みます。
生まれるのは男の子ばかりでした。火の鳥はこのあと、姿を変える異星人ムーピーとロミの子孫とのあいだに子をつくらせます。近親での出産と、異星人との交配が続けて出てきます。
ここまで読むと、望郷編は「やばい」と言われて当然の話です。ただ、リアルサウンドの島田一志は、この編がタブーに挑戦した物語として語られがちなことを認めたうえで、本当に描かれているのは一人の女性が生き抜く強さだと書いています。ロミは誰かにそうさせられたのではなく、自分で決めて生きます。この点が、救いのない宇宙編との違いです。
ロミはのちに地球へ帰り着き、そこで亡くなります。公式サイトのコラム(第3回)によると、遺体は遺言どおり、宇宙編の牧村がエデン17へ運んで葬りました。宇宙編を先に読んでいると、ここで牧村が出てくる意味が分かります。
角川文庫では一部の場面が入っていない
望郷編は、読む版で中身が少し違います。リアルサウンドの記事によると、旅の途中で雌雄同体の異星人ノルヴァを助ける挿話は、朝日ソノラマ版には入っていて、角川書店版には入っていません。角川文庫で読むと、この場面はありません。公式サイトのコラム(虫ん坊2016年12月号)によると、手塚治虫文庫全集は朝日ソノラマ版と同じ系統の版です。ノルヴァの話まで読みたいなら、文庫全集の6巻を選んでください。
2023年にディズニープラスで配信されたアニメ『火の鳥 エデンの宙』は、望郷編が原作です。こちらでは母と息子のあいだの出産は描かれず、カインはムーピーとのあいだに子を残します。アニメを見てから原作を読むと、いちばん重い部分がそこで初めて出てくることになります。
3位・未来編:人類が滅び、一人だけ残る
未来編は、1967年から1968年に『COM』で連載された2作目です。舞台は西暦3404年。地下都市どうしの戦争で人類は絶滅し、主人公の山之辺マサトだけが火の鳥から永遠の命を与えられます。
マサトはそこから約30億年、地球に生命が戻ってくるのを一人で見届けます。KADOKAWAの角川文庫の紹介文は、これを「孤独で過酷な三十億年の試練」と書いています。
それでも3位にしたのは、終わりに希望があるからです。カドブンに載った解題によると、未来編は人類の終わりから30億年後の再生までを描いていて、物語は1作目の黎明編へ戻っていく形で閉じます。孤独の長さは宇宙編に劣りませんが、マサトの30億年には意味が与えられています。
未来編は2004年のNHKのアニメでも第12・13話で描かれました。『火の鳥』の映像版をどれから見ればいいかは火の鳥のアニメを見る順番でまとめています。
4位・異形編:殺した相手が未来の自分
異形編は、1981年に『マンガ少年』で連載された11作目です。戦国時代、父を憎む武士の娘・左近介が、どんな病も治すという尼の八百比丘尼(やおびくに)を殺します。ところが比丘尼は、未来の左近介自身でした。
左近介は時間の輪の中に閉じ込められ、寺から出られなくなります。毎日、傷ついた妖怪や人を治し続け、やがて過去の自分が自分を殺しに来るのを待つことになります。
読み返すたびに逃げ道のなさが分かってくる編です。それでも4位にしたのは、左近介には人を治すという役目が残っていて、閉じ込められた時間が無駄なだけではないからです。公式サイトは、この永遠に死ねない罰が宇宙編の牧村に通じるとも書いています。宇宙編がきつかった人は、異形編も同じ種類の重さを持っていると思って読んでください。
5位・生命編:狩る側が狩られる側に
生命編は、1980年に『マンガ少年』で連載された10作目です。テレビプロデューサーの青居は、クローン人間を作って狩る番組を企画します。ところが青居は自分のクローンを作られ、狩られる側に回ります。
殺されるためだけに生み出される人間がいる、という設定そのものがきつい編です。連載時は青居が狩られる場面で話が終わっていて、単行本でエピローグが足されました。いま出ている単行本にはエピローグが入っています。それでも、殺されるために作られる人間という設定の重さは消えません。
6位・太陽編:顔の皮をはがされる
太陽編は、1986年から1988年に『野性時代』で連載された、シリーズ最後の長編です。7世紀、百済の王族ハリマは唐の軍に捕らえられ、生きたまま顔の皮をはがされて、狼の皮をかぶせられます。公式サイトもKADOKAWAの紹介文も、この場面から話が始まると書いています。
肉体の描写としては、シリーズで最も直接的な場面の1つです。ただし、ハリマは倭国(日本)に渡ってから、狗族(くぞく)と呼ばれる人々とともに生きていきます。冒頭の場面は強烈でも、話は長く続き、きつさは薄まっていきます。
7位・復活編:人間が無機物に見える
復活編は、1970年から1971年に『COM』で連載された6作目です。事故で死んだ青年レオナは、最新の医学で生き返ります。ところが手術のあと、人間がみにくい無機物に見えるようになり、逆にロボットの女性が美しい人間に見えます。
公式サイトは、レオナがロボットの女性と溶鉱炉のそばでデートする場面を、この編の見せ場として紹介しています。見え方が狂ったまま生きる不気味さは、ほかの編にない種類の怖さです。ただ、血の場面は少なく、子どものときに読んで残るのは怖さより悲しさでしょう。
8位・鳳凰編:残った右腕を失う
鳳凰編は、1969年から1970年に『COM』で連載された5作目です。奈良時代、生まれてすぐ片目と片腕を失った我王(がおう)は、盗賊になって人を襲い、仏師の茜丸(あかねまる)の利き腕を傷つけます。
のちに茜丸は朝廷の仕事を争う中で我王の昔の悪事を暴き、我王は残っていた右腕を切り落とされます。
暴力の場面は多い編ですが、8位にしました。我王は罪を重ねたあとで、仏像を彫る道に入り、救われていく人物だからです。シリーズの中で、読み終えて最も満足が残るのは鳳凰編です。
順位に入れなかった4編
黎明編は、村が戦で滅ぼされ、火の鳥の生き血をめぐって人が争う話です。ヤマト編には、王の死に合わせて人を生き埋めにする殉死が出てきます。乱世編は源平の戦いを描き、兵の命を軽く扱う源義経が出てきます。羽衣編は1話だけの短い編です。
どれも死の多い話ですが、一人の人物がずっと罰を受け続けるような重さはありません。
きつい場面はどの版で読めるか
8編がそれぞれ何巻に入っているかは、版によって違います。とくに宇宙編と異形編は、角川文庫と文庫全集で入っている巻が大きく違うので気をつけてください。
| 編 | 角川文庫 | 手塚治虫文庫全集 | 手塚プロダクション版(電子書籍のみ) |
|---|---|---|---|
| 宇宙編 | 9巻(宇宙・生命編) | 3巻 | 4巻 |
| 望郷編 | 6巻 | 6巻 | 9・10巻 |
| 未来編 | 2巻 | 2巻 | 3巻 |
| 異形編 | 3巻(ヤマト・異形編) | 9巻 | 13巻 |
| 生命編 | 9巻(宇宙・生命編) | 9巻 | 13巻 |
| 太陽編 | 10〜12巻 | 10・11巻 | 14〜16巻 |
| 復活編 | 5巻 | 5巻 | 7・8巻 |
| 鳳凰編 | 4巻 | 4巻 | 5・6巻 |
値段は2026年10月時点で、角川文庫が1冊968円、文庫全集の紙の本が1冊803〜1,023円です(いずれも税込)。電子書籍は、BOOK☆WALKERで文庫全集が1冊770円、電子書籍だけで出ている手塚プロダクション版が1冊330円(どちらも税込)。角川文庫には電子版がありません。
上位2編だけ読みたいなら、角川文庫なら9巻と6巻の2冊(1,936円)、手塚プロダクション版なら4・9・10巻の3冊(990円)で宇宙編と望郷編がそろいます。角川文庫の望郷編には、ノルヴァの挿話が入っていません。
どの版で12編をそろえるかは火の鳥の全巻はどれを買う?で比べています。どの編から読むかで迷ったら、火の鳥の読む順番も参考にしてください。

