結論:前半は原作どおり、後半と最終回は別の話です
ここから先は、原作とアニメ両方の結末に触れます。
手塚治虫の漫画を原作にした2019年のテレビアニメ『どろろ』は、前半の12話でオリジナルの回を挟みながら原作の話を追います。変わるのは後半です。原作では中盤の「ばんもんの巻」で死ぬ弟の多宝丸(たほうまる)が生き残り、主人公の百鬼丸(ひゃっきまる)と最後まで争います。
いちばん大きな違いは結末です。原作の百鬼丸は体を取り戻しきれないまま、一人で旅を続けて終わります。アニメの百鬼丸は体をすべて取り戻し、父親と決着をつけて旅立ちます。原作が編集部の要請で急いで畳んだ話を、アニメは最後まで描き切りました。
見る価値はあります。原作を読んだ人ほど、あの物足りない終わり方への答えとして楽しめます。ただし百鬼丸は原作と性格が違うので、原作の百鬼丸が好きな人は最初の数話で戸惑うはずです。
原作と2019年版の違い一覧
| 項目 | 原作(1967〜1969年) | 2019年版アニメ |
|---|---|---|
| 体を奪ったもの | 48体の魔物 | 12体の鬼神 |
| 父・醍醐景光の願い | 天下取り | 領地の繁栄 |
| 百鬼丸が体を取り戻すと | 百鬼丸の体が戻るだけ | 醍醐の領地に災いが起きる |
| どろろと出会ったときの百鬼丸 | 本人が「生まれて14年」と言う。心の声で会話ができ、口も達者 | 第1話は誕生から16年後。目も耳も口もきかず、感情も表に出ない |
| どろろが旅についていく理由 | 百鬼丸の刀を盗むため | 百鬼丸に救われて以来、共に旅をする。妖怪退治の礼金も当てにしている |
| どろろの性別 | 連載の最後で女の子だと明かされる | 第9話で女の子だと分かる |
| 弟・多宝丸 | 中盤の「ばんもんの巻」で百鬼丸に斬られて死ぬ | 「ばんもん」を生き延び、領地を守るため最終回まで百鬼丸と戦う |
| 母・縫の方 | 夫に命じられ、自分で赤子を川に流す | 赤子を手放すのを拒み、流したのは産婆 |
| 結末 | 百鬼丸は体の一部を欠いたまま、どろろに刀を託して一人で去る | 百鬼丸は体をすべて取り戻し、一人で旅立つ |
表の上から4つ目までは、第1話の時点で分かる違いです。後半の話が変わる原因は、3つ目の「体を取り戻すと領地に災いが起きる」という設定にあります。
百鬼丸の違い:しゃべらない主人公
原作を知っている人がまず驚くのが、百鬼丸の変わりようです。
原作の百鬼丸は、目も耳も口もないのに不自由していません。テレパシーで相手の心を読み、口を動かして話しているように見せかけます。皮肉も言うし、どろろを追い払おうともする、ひねた少年です。
アニメの百鬼丸は、第1話の時点で何も見えず、何も聞こえず、話せません。顔も皮膚の代わりに仮面をつけていて、表情がありません。アニメ公式サイトの説明では、他者の存在を炎のような光として感じ取っています。第5話の終わりで声を取り戻し、百鬼丸役の鈴木拡樹の声もそこで初めて聞こえます。
監督の古橋一浩はインタビューで、百鬼丸を「無垢」にしたことで物語の進め方と構成が変わった、と話しています。体を1つ取り戻すたびに、痛みや音や言葉を初めて知っていく。アニメはこの過程を丁寧に描いていて、百鬼丸がどろろや周りの人から人の心を覚えていく話になっています。
口が悪くて一人で何でもできる原作の百鬼丸を期待して見始めると、ここでつまずきます。
どろろが旅についていく理由と性別
原作のどろろは、百鬼丸の腕に仕込まれた刀が欲しくて後をつけ回します。泥棒として狙っているわけです。
アニメのどろろは、妖怪から救われたのをきっかけに百鬼丸と旅を始めます。妖怪退治で村人からもらう礼金も当てにしていて、目も耳もきかない百鬼丸の身の回りの世話まで焼きます。原作より面倒見のいい、保護者に近い役回りです。
性別の扱いも違います。原作のどろろは少年のように描かれていて、連載の最後で女の子だと明かされます。単行本では、それより前の話にもにおわせる描写があります。アニメは第9話で、看病した尼僧がどろろを女の子だと言い当てます。視聴者には早めに知らせて、どんでん返しには使いませんでした。
醍醐家の3人の描き方
後半の話が原作と大きく離れるのは、醍醐家の3人を描き直したからです。古橋監督も、後半は鬼神退治より醍醐一家に比重がかかり、多宝丸と縫の方が軸になった、と話しています。
醍醐景光
原作の景光は、天下を取るために生まれてくる我が子を魔物に差し出した男です。理由は自分の野心だけでした。
アニメの景光が鬼神に願ったのは、領地の繁栄です。鬼神は約束を守り、醍醐の領地は栄えます。その代わりに体を奪われたのが、生まれたばかりの我が子でした。
その鬼神を百鬼丸が1体倒すごとに鬼神像が壊れ、領地には地滑りなどの災いが起きます。百鬼丸が人間の体を取り戻せば、醍醐の民の暮らしが崩れていく。兄が体を取り戻すことと、弟が国を守ることは両立しません。アニメの後半はすべてこの設定から動いています。
多宝丸
原作の多宝丸は、跡取りとして育った傲慢な弟です。物語の中盤、国境の「ばんもん」で百鬼丸と斬り合い、兄弟だと知らされた直後に斬られて死にます。出番はそこまでです。
アニメの多宝丸は、民に慕われる跡取りとして描かれます。幼いころから、母の心が自分以外の誰かに向いていると感じていました。その相手が兄だと知ったとき、多宝丸は最初、兄に同情します。それでも兄を見逃せば国が滅びると知り、民を守るほうを選びます。
原作では一度の斬り合いで退場した弟が、アニメでは後半の主役の一人です。百鬼丸と多宝丸はどちらも間違っていないので、見ていてどちらの側にも立てません。アニメの後半がいちばん面白いのはここです。
縫の方
原作の縫の方は、夫に命じられて自分の手で赤子を川に流します。
アニメでは、赤子を手放すことを拒み、流したのは産婆でした。縫の方は首の欠けた菩薩像に祈り続けます。第12話では百鬼丸に謝り、脇差しを自分の胸に突き立てますが、一命は取り留めました。息子2人の両方を愛していて、どちらも守れない母親です。
鬼神は48体から12体へ
原作の魔物は48体です。ただし手塚治虫は全部を描いていません。公式サイトに引かれたあとがきで手塚は、48体すべてを描きたかったが、編集部の要請で大急ぎで大団円にしなければならず、「ぬえ」などであっさり片づけてしまった、と書いています。
アニメは最初から数を12体に絞りました。24話で12体なら、1体ずつきちんと描けます。
その代わり、妖怪の種類の多さは原作に及びません。原作は魔物とは別に、毎回のように違う化け物が出てくる怪奇ものでもありました。アニメは妖怪退治より人間の話に重心を移したので、化け物の見せ場を期待すると物足りなく感じます。
オリジナルの話も入っています。古橋監督によると、原作にない完全オリジナルは第7・8・10・17・19話の5本です。第10話「多宝丸の巻」は、多宝丸が民のために妖怪退治に出る話で、後半の多宝丸を理解するうえで欠かせません。
最終回の違い(ネタバレ)
原作の結末
『週刊少年サンデー』の連載は途中で中断し、翌1969年に『冒険王』で描いた第2部で一応の完結をみました。手塚治虫公式サイトは、サンデーの連載を「未完のまま中断」と説明しています。第2部は次のように終わります。
百鬼丸は、景光が築いている砦に仕官希望を装って入り込みます。そこへ残りの魔物が集まってできた「ぬえ」が現れ、百鬼丸は何匹かを仕留めます。その騒ぎの間に農民たちがなだれ込み、砦を奪いました。景光は妻とともに追放されます。
百鬼丸は自分の刀をどろろに譲り、どろろの父・火袋(ひぶくろ)の志を継いで農民と一緒に権力と戦えと言い残して、一人で去ります。魔物はまだ残っていて、体も戻りきっていません。
2019年版の結末
最終回の第24話で、百鬼丸と多宝丸は燃える醍醐の城で最後の斬り合いをします。百鬼丸は多宝丸を追い詰めますが、とどめを刺さずに思いとどまります。多宝丸は負けを認め、鬼神から与えられていた百鬼丸の目を自分でえぐり出して兄に返します。
目が戻って、百鬼丸の体はすべて戻りました。そのあと現れた最後の鬼神も斬ります。城には縫の方と、百鬼丸を拾って育てた医者の寿海(じゅかい)が駆けつけていました。多宝丸・縫の方・寿海の3人は、焼け崩れる城の中で亡くなります。
百鬼丸は鬼神像が祀られた地獄堂で景光と向き合い、斬らずに「人として生きろ」と告げます。景光はそこで初めて自分の過ちを悟り、泣き崩れました。
百鬼丸はどろろに何も告げずに旅に出ます。どろろは父・火袋が遺した隠し財産を使って、侍に頼らない新しい国を作ろうと村人たちに持ちかけます。最後は成長したどろろのもとに、百鬼丸が戻ってきたことをうかがわせる場面で終わります。
何が同じで、何が違うか
古橋監督は「最後は原作通りにどろろと百鬼丸がそれぞれ旅立ちます」と話しています。2人が別れ、どろろが父・火袋の遺志を継ぐ形は、たしかに原作と同じです。
違うのは、百鬼丸の旅が終わっているかどうかです。原作の百鬼丸は、体を取り戻す旅の途中で去ります。アニメの百鬼丸は、体も親子の因縁も片づけてから、人として生きるために旅に出ます。原作が48体では描き切れなかった決着を、アニメは数を12体に絞ってつけました。
見る価値があるかの判定
原作を読んだ人には見る価値があります。原作の最終回に物足りなさを感じた人なら、なおさらです。アニメは多宝丸と縫の方を後半の軸に据えていて、原作では脇役だった2人の側の事情が分かります。
原作の百鬼丸が好きな人は、最初の数話を我慢してください。しゃべらない百鬼丸に慣れる第5話あたりから、アニメの狙いが分かってきます。
妖怪退治の怪奇ものとして原作を楽しんだ人には、後半は人間ドラマに寄りすぎていると感じるはずです。そこは割り切って見るしかありません。
原作を読んでいない人は、アニメを先に見て構いません。全24話で話が完結しているので、原作の中断を知らなくても置いていかれません。見終わってから原作を読むと、どこをアニメが作り直したのかがよく分かります。
1969年版と2007年の実写映画
『どろろ』の映像化は2019年版が初めてではありません。
1969年のテレビアニメは虫プロダクションが制作し、フジテレビ系で1969年4月6日から9月28日まで全26話が放送されました。白黒で制作されています。途中で題名が『どろろと百鬼丸』に変わりました。百鬼丸の活躍が増え、視聴者には主人公が百鬼丸だけに見えたためだと、手塚治虫公式サイトは説明しています。こちらは原作と同じく魔物は48体です。
2007年には、妻夫木聡が百鬼丸を、柴咲コウがどろろを演じた実写映画も公開されています。映画のどろろは子どもではなく、大人の女性です。
原作を読むなら、どの版か
原作は短く、手塚治虫文庫全集なら全2巻、秋田文庫なら全3巻で読み切れます。アニメを見たあとに確かめるなら、2巻で終わる文庫全集が手軽です。
文庫全集と漫画全集のどちらで揃えるかは、手塚治虫文庫全集と漫画全集の違い|どちらを買うべきかにまとめています。『どろろ』の暗さが気に入った人は、ほかの暗い作品を手塚治虫の怖い作品で探してみてください。
どこで見られるか
2019年版は、放送当時はPrime Videoの独占配信でした。いまは次のサービスで見られます。
| サービス | 2019年版の配信(2026年9月30日時点) |
|---|---|
| Netflix | 見放題 |
| U-NEXT | 見放題 |
| Hulu | 見放題 |
| DMM TV | 見放題 |
| Prime Video | 本体の見放題には無し。有料チャンネルの追加で視聴可 |
古い紹介記事では「どろろはアマプラ」と書かれていることがありますが、いまはPrime Video本体の見放題には入っていません。

